
ギリシア神話
アキレウスが戦場を離れてから、ギリシア軍とトロイア軍の戦いはますます激しくなった。アポロンとアテーナーは、戦場が焼け跡のようになっているのを見て、ヘクトールにギリシア軍への一騎打ちを申し出させる。大アイアースがそれを受け、二人は城の前で夕暮れまで激突し、最後は互いに贈り物を交わしていったん手を引く。
アキレウスが戦場を退いたあとも、トロイア城外の戦いは日ごとに続き、ギリシア人もトロイア人も多くの死者を出していた。アポロンは流血が果てしなく続くのを望まず、アテナも一時だけ戦場を止めることに同意する。神意はヘクトルの心に落ち、予言者ヘレノスも彼に、両軍の間へ進み出てギリシアの最も勇敢な者へ一騎打ちを挑むよう促した。 ヘクトルは空地に立ち、勝者は武具だけを取り、敗者の遺体は味方に返して葬らせると約束する。ギリシア陣はしばらく沈黙した。誰もがヘクトルをトロイア最大の守護者と知っていたからである。メネラオスは恥に駆られて名乗り出ようとするが、アガメムノンたちに止められる。老ネストルが勇士たちのためらいを責めると、九人の首領が応じ、くじで相手を決めることになった。 くじはテラモンの子、大アイアースに当たる。彼は動く塔のように大盾を掲げ、両軍の間へ歩み出た。ヘクトルとアイアースは互いの勇気を認め合い、それから槍を投げる。ヘクトルの槍はアイアースの盾に突き刺さるが貫けず、アイアースの槍はヘクトルの盾と胸甲の縁を抜け、あと少しで体に届くところだった。 槍を使い果たすと、二人は剣を抜き、さらに地面の巨石をつかんで投げ合った。ヘクトルの石はアイアースの盾を鳴らし、アイアースのさらに大きな石はヘクトルを膝から崩れさせる。アポロンの助けがなければ、彼はそこで倒れていたかもしれない。二人がなお剣で決着をつけようとしたとき、夜が下り、双方の伝令が間に入り、闇の境目に従って戦いを止めるよう求めた。 ヘクトルはアイアースをギリシア随一の勇士の一人とたたえ、憎しみを抱いて戦った者同士であっても英雄らしく別れたと両軍に知らせるため、贈り物を交わそうと提案する。彼は剣をアイアースへ与え、アイアースは紫の帯をヘクトルへ贈った。二人はそれぞれの陣へ戻り、両軍は死者を集め葬儀の支度をする。決闘に勝者はなかったが、戦場には短い静けさが戻り、その剣と帯はのちに重い運命を帯びることになる。
アキレウスがギリシア軍のために再び戦おうとしなくなってから、トロイアの城外は日ごとに危険な場所になっていった。
朝になると、海辺のギリシアの陣営では号令が響き、兵たちは盾と槍を手にして門からあふれ出した。城門の向こうではトロイア人たちも隊を整えて丘を下り、車輪は乾いた土を砕きながら走り、後ろには黄色い砂ぼこりが高く立った。両軍は平野のまん中でぶつかり合い、槍先は青銅の盾に食い込み、剣は兜を打ち、傷ついた者は地面に崩れ落ち、鎧の継ぎ目から血が流れ出した。
その日は、朝から日が傾くまで戦いが続いた。ギリシア軍は城壁へ迫ろうとし、トロイア軍は必死に押し返した。ヘクトールは輝く甲冑をまとい、隊列の前後を駆け回った。兜の飾りは頭上で揺れ、風に乱れる馬のたてがみのようだった。誰かが退けばすぐにそこへ駆けつけ、ギリシア軍が押し寄せれば槍を構えて迎え撃った。
城壁の上では、トロイアの老人たちも、女たちも、子どもたちも、平野を見下ろしながら声をひそめていた。砂ぼこりの中からは、戦車が見えたり、倒れた死体が見えたりした。いちばん危険な場所を行き来しながら戦うヘクトールの姿も、みんなが見ていた。城の人々は知っていた。彼が倒れれば、トロイアの城門から一本の太いかんぬきが抜け落ちるようなものだ、と。
だが、ギリシア軍もそう簡単には引き下がらなかった。メネラーオスも、ディオメーデースも、二人の大アイアースも、イドメネウスも、オデュッセウスも、それぞれ前に出て戦っていた。ただ、彼らの胸にもわかっていた。アキレウスがいない以上、ギリシア軍いちばん鋭い槍は鞘に納められたままだということが。
戦場の叫びは、波が重なって押し寄せるように、ますます激しくなっていった。
そのとき、アポロンはトロイアの城壁の上からその光景を見下ろした。もともとこの町を守る神である彼は、トロイア人もギリシア人も大勢倒れていくのを見て、その日の血をこれ以上流させたくないと思った。アテーナーもまたオリンポスから戦場へ降り、ギリシア軍を守りながらも、平野に積み重なっていく死体と、砂ぼこりにまみれた血の色を見ていた。
二柱の神は戦場で出会った。アポロンは、まずは両軍をいったん止め、ヘクトールにギリシア軍の最も勇敢な者へ挑戦させよう、と言った。アテーナーもそれにうなずいた。
そうして神々は、その思いをヘクトールの心へ送り込み、さらにトロイアの予言者ヘレノスにも神意を悟らせた。
ヘレノスはヘクトールを見つけると、こう言った。
「城外へ行って、トロイア人もギリシア人もいったん手を止めさせろ。それから、ギリシア軍へ挑戦するのだ。今日、汝が死ぬ時ではない。神々は、この一騎打ちで汝を倒させはしない」
ヘクトールはそれを聞くと、すぐに戦車から飛び降りた。そして両軍のあいだへ進み出ると、槍を横に構え、トロイア軍へ向かって大声で叫び、戦いを止めさせた。トロイアの兵たちはその声を聞くと、次々に足を止めた。ギリシア軍の進撃も、しだいに止まっていった。戦場に残ったのは、傷ついた者のうめき声と、熱い息を吐く馬たちだけだった。
ヘクトールは空地の中央に立ち、青銅の鎧に夕日の光を受けながら、ギリシア軍へ呼びかけた。
「ギリシアの首長たちよ、聞け。おまえたちは、ヘレネと財宝のために、もうあまりにも多くの血を流した。今こそ両軍は座り、そちらのいちばん勇敢な者を一人、ここへ出せ。もしその男が私を倒したなら、私の甲冑を取ってもよい。そのあとで、私の遺骸はトロイアへ返してくれ。城の中で火葬にしてもらおう。反対に、もし私が彼を倒したなら、私が取るのはその男の甲冑だけだ。遺骸はおまえたちに返そう。海辺に墳墓を築き、船で過ぎる者がその丘を見て、かつてヘクトールと渡り合った勇士がここに葬られていると言うように」
この言葉がギリシア軍に伝わると、しばらく誰も口を開かなかった。
勇者がいなかったわけではない。だが、ヘクトールの名声はあまりに大きかった。彼はトロイアの盾であり、プリアモスがもっとも頼みとする息子だった。戦場で彼の突撃を見たことのある者は、誰もが知っていた。あの男と一対一で戦うことは、ただの戦いではない。自分の命を賭けることなのだ、と。
沈黙が長く続くと、メネラーオスがついに立ち上がった。
この戦争は、もともと自分のために始まったようなものだった。パリスに連れ去られたヘレネを取り返すため、ギリシアの諸王は各地から集まり、海を渡ってここまで来たのだ。なのに、ヘクトールが公然と挑戦しているというのに、誰もすぐには立ち上がらない。メネラーオスは、それが恥ずかしかった。
彼は身を起こし、甲冑をつけ、槍を手にして言った。
「おまえたちは皆、自分を勇士だと言う。だが今は、どうして黙って座っているのだ。誰も行かないなら、私が行く」
その言葉を聞いた首長たちは、はっとした。メネラーオスは勇敢だったが、ヘクトールの相手ではない。アガメムノーンは急いで彼の腕をつかみ、引き止めた。
「兄弟よ、いっときの意地で動くな。おまえがヘクトールに討たれれば、ギリシア軍の士気はさらに落ちる。もっと強い者に行かせるのは、おまえの恥ではない。われわれ皆を守るためだ」
ほかの首長たちも集まって、口々に止めた。メネラーオスは歯を食いしばった。納得したわけではなかったが、ついに引き下がり、脱ぎかけた甲冑をもう一度身につけ直して、隊列へ戻った。
そのとき、老王ネストールが立ち上がった。
彼はすでにかなりの年齢で、白い髪が肩に落ちていたが、言葉には今なお力があった。彼はギリシアの勇士たちを叱り、自分が若かったころは強敵との戦いから決して退かなかったと語った。いまや首長がこれほど集まっているのに、ヘクトールの一声に押されて黙り込んでいるとは、みっともないではないか、と。
ネストールの言葉は、乾いた草に落ちた火のようだった。ギリシア軍の中から九人の勇士が、次々に名乗りを上げた。アガメムノーン、ディオメーデース、二人の大アイアース、イドメネウス、メーリオネース、エウリュピュロス、トアース、そしてオデュッセウスである。
だが、出られるのは一人だけだった。
そこでネストールはくじを引かせた。自分の名を書いた札を兜に入れ、よく振ったのち、伝令がそれを各陣へ持っていった。ギリシアの兵たちはゼウスに祈り、引き当てられる者がヘクトールに耐えうる勇者であるよう願った。
やがて、札が兜から跳ね出た。伝令はそれを手に取り、ある首長の前へ差し出したが、彼のものではなかった。別の者にも見せたが、やはり違った。最後に、その札は大アイアースの手へ渡った。
大アイアースは一目見て、それが自分のくじだとわかった。彼は立ち上がると、うれしそうに札を足元へ落とし、言った。
「みんな、これが私のくじだ。私はうれしい。ヘクトールと渡り合えると信じているからだ。どうか私のために祈ってくれ」
大アイアースはテラモーンの子で、ギリシア軍の中では一つの塔のようにそびえる男だった。彼は巨大な盾を持っていた。何枚もの牛皮を重ね、その上を青銅で覆った盾で、身体の半分以上を隠せるほど大きい。その盾を肩にかけ、兜を締め、槍を握って、彼は両軍のあいだへ大股で進んでいった。
彼の歩みは落ち着いていて、一歩ごとに土ぼこりがかすかに舞った。ギリシア軍はその姿を見て、少し安心した。トロイア軍も、その盾の大きさに思わず声をひそめた。
ヘクトールは空地で彼を待ち受けた。やがて二人の距離がほどよく近づくと、大アイアースが口を開いた。
「ヘクトールよ。これでおまえも、アキレウス以外にもギリシア人の勇士がいると知るだろう。先に槍を投げるのはおまえでもいいし、私でもいい」
ヘクトールは答えた。
「大アイアースよ、子どもを脅すような口ぶりはやめろ。私も盾の扱いは知っているし、槍を投げることも、戦車に飛び込むことも知っている。だが、私はおまえを卑怯に討つつもりはない。堂々と戦おう」
そう言うと、ヘクトールは槍を振り上げ、大アイアースめがけて投げた。
槍は風を切って飛び、大アイアースの大盾に突き刺さった。青銅の穂先は外側を貫き、厚い牛皮まで食い込んだが、完全には通らなかった。大アイアースは盾をしっかり支え、身体をわずかに揺らしただけだった。
それから大アイアースが槍を投げ返した。彼の力は桁外れで、槍先はヘクトールの円盾を打ち抜き、胸当てをかすめた。ヘクトールは横へ身をかわし、かろうじて刺されずにすんだ。
両軍からどよめきが上がった。
ヘクトールは次の槍を抜き、もう一度大アイアースへ投げた。だが、その槍も大盾に当たって青銅の表面で折れ曲がった。大アイアースはさらに槍を放った。今度はヘクトールの盾を貫き、首のそばを打って、皮膚を裂いた。血が首筋を伝って流れた。
それでもヘクトールは退かなかった。武器を握り直し、なおも間合いを詰めた。
投槍が尽きると、二人は剣を抜き、盾の隙間を探して斬り結んだ。青銅の剣が盾の縁にぶつかるたび、重い響きがした。大アイアースは大盾で押し込み、ヘクトールは身をかわしては隙を突いた。
二人は、谷でぶつかり合う二頭の獣のようだった。片方は力で、もう片方は勇気で押しきろうとする。どちらも一歩も引かなかった。
やがてヘクトールは腰をかがめ、地面から黒い石を拾い上げた。普通の人間なら持ち上げるのも難しいほどの大きな石だったが、彼は両手で掲げ、大アイアースへ投げつけた。石は大アイアースの盾に当たり、青銅が鳴り、背後の牛皮まで震わせた。
すぐに大アイアースも、さらに大きな石をつかんだ。両腕で大きく振りかぶり、それをヘクトールへ投げた。石はヘクトールの盾を打ち、彼を後ろへ倒した。膝が地面につく。もしアポロンがひそかに支えていなければ、その瞬間、ヘクトールは砂ぼこりの中へ完全に押しつぶされていたかもしれない。
ヘクトールは立ち上がった。二人はまた剣を抜いて突進し、今にも組みついての斬り合いになりそうだった。
そのころには、すでに空は暗くなり始めていた。太陽は海の向こうへ沈み、戦場の人影は長く伸びた。両軍の伝令があわてて二人のあいだへ入った。トロイア側からはイダイオス、ギリシア側からはタルテュビオスである。彼らは杖を掲げ、二人の勇士の前に立ちはだかった。
イダイオスが言った。
「勇士たちよ、もうやめよ。夜が来た。夜は神々のものでもあり、人間に休息を与えるものでもある。おまえたちは二人とも十分に勇敢だった。両軍もそれを見た。暗くなってから、これ以上殺し合うことはない」
大アイアースはそれを聞くと、ヘクトールを見やって言った。
「まずはヘクトールが何を言うか聞こう。挑戦したのは彼なのだから、手を引くと告げるのも彼だ」
ヘクトールはこう答えた。
「大アイアースよ。神々はおまえに大きな身体と力、そして戦いの技を与えた。今日、ギリシア軍の中で、おまえほど強い者はいない。だが、ひとまずここで戦いを終えよう。いつかまた戦場で会う日が来るだろう。そのときまで、私たちは礼をもって別れよう。互いに贈り物を交わし、トロイア人もギリシア人も、あの二人は憎しみを抱えて戦ったが、なお勇士として別れたのだと言うようにしよう」
そう言って、ヘクトールは自分の剣を外し、鞘と帯ごと大アイアースへ渡した。大アイアースもまた、自分の紫の帯をヘクトールへ贈った。
二人はそれを受け取った。戦場には歓声も嘲りもなかった。ただ、夜風が砂ぼこりを吹き、倒れた者のそばに散らばった羽飾りやマントを揺らしていた。
ヘクトールがトロイア軍へ戻ると、親しい者たちが彼を取り囲んだ。まだ生きて帰ってきたのを見て、みな胸をなで下ろした。誰かが腕を支え、誰かが首の傷をのぞきこんだ。もし城内までその知らせが届いていたなら、人々もまた、しばらくは胸のつかえを下ろせたことだろう。
大アイアースがギリシア軍へ戻ると、兵たちはこぞって迎えた。彼らは、盾に残った槍痕や、青銅の表面へへこんだ石の跡を見て、彼がどれほど激しい戦いをくぐり抜けてきたかを知った。アガメムノーンは彼のために宴を開き、肉の最良の部分を分け与えて、その働きをたたえた。
その夜、両軍は再び戦うことがなかった。ギリシア人もトロイア人も、死者の遺骸を集め、戦場に残った仲間を埋葬する支度に追われた。昼には互いに追い回し合っていた敵同士も、夜になれば、自分たちの親しい者を土の中から連れ帰りたかったのである。
ヘクトールと大アイアースの決闘は、勝敗のつかないまま終わった。ひとりはトロイアが最も頼みとする王子、もうひとりはギリシア軍の城壁のような勇士だった。二人は見守る者たちの前で槍を投げ、石を投げ、剣を抜き、夕暮れがその間へ割って入るまで戦い続けた。
後の人々は、あの日に交わされた二つの贈り物を忘れなかった。ヘクトールは大アイアースに剣を、大アイアースはヘクトールに帯を与えた。その場では、それは勇士同士の敬意にすぎなかった。だが、もっと先の運命の中では、その二つの贈り物は重い影を帯びることになる。とはいえ、その夜だけは、戦場はようやく静まり、トロイア城外には火の明かりと見張りの足音、そして海辺のギリシア船団のあいだから吹く低い風の音だけが残っていた。