
ギリシア神話
エウリュステウスはヘラクレスに、世界の西の果てへ行き、ヘラの聖なる園から金の林檎を持ち帰れと命じた。ヘラクレスは道を尋ね、戦い、ついには巨人アトラスの手を借りて林檎を手に入れる。そして策略によって、天の重みをふたたびアトラスの肩へ戻した。
ゼウスとヘラが結婚したとき、大地の女神ガイアは、金の林檎を実らせる一本の木をヘラに贈った。その木は遠い西の聖なる園に植えられ、ヘスペリデスの姉妹たちと、眠ることのない竜ラドンに守られていた。エウリュステウスはヘラクレスを困らせようとして、その金の林檎をミュケナイへ持ち帰れと命じた。 ヘラクレスはその園がどこにあるのか知らず、北へ西へと探し回った。牧人や旅人、水辺や森に住む女神たちにたずね、道をふさぐ荒々しい者や怪物は退けながら進む。やがて水のニンフたちは、海の老人ネレウスを捕まえよと教えた。ヘラクレスは眠るネレウスに組みつき、相手が獅子、蛇、水、火へ姿を変えても離さず、ついにアトラスを探せという答えを得る。 さらに進む途中、ヘラクレスはカウカソスの岩に鎖で縛られたプロメテウスを見つけた。毎日その肝臓を食らう鷲が空から舞い降りてくると、ヘラクレスは弓を取って射落とし、長い苦痛の一部を終わらせた。感謝したプロメテウスは、金の林檎を自分で摘みに行ってはならない、アトラスに取らせ、その間だけ天を支えよと助言する。 大地の果てで、ヘラクレスは天の重みを肩に受けて立つアトラスを見つけた。彼は、アトラスの娘たちが守る園から林檎を取ってきてくれるなら、しばらく代わりに天を支えると申し出る。アトラスは承知し、ヘラクレスは押しつぶすような天穹の下に入った。長い時が過ぎ、アトラスは金の林檎を手に戻ってきたが、もう刑罰へ戻りたくなくなり、自分が林檎を届けるからヘラクレスは天を支え続けよと言い出した。 ヘラクレスは力ずくで争わなかった。彼は同意するふりをして、肩が痛むので獅子皮を当て直したい、少しだけ天を受け取ってくれと頼む。アトラスが再び天を担いだ瞬間、ヘラクレスは金の林檎を拾い上げて去った。彼はそれをエウリュステウスへ持ち帰って仕事を果たしたが、林檎はヘラの聖なるものだったため、人間のもとには残されず、後にアテナがヘスペリデスの園へ返した。
ゼウスとヘラが婚礼を挙げたとき、神々はそれぞれ贈り物を携えて集まった。大地の女神ガイアもまた、ひときわ貴い祝いの品を差し出した。濃い葉を茂らせ、枝には金色の林檎を結ぶ一本の木である。その実は人間の果樹園にあるものとは違っていた。陽の光を受けると、緑の葉のあいだに小さな炎が隠れているように輝いた。
ヘラはその木をたいそう気に入り、はるかな西、海の果てに近い聖なる園へ植えた。そこでは夕暮れがゆっくりと訪れ、水平線のあたりで海が光り、木陰の底から夜が立ちのぼってくる。園を守るのはヘスペリデスと呼ばれるニンフたちだった。彼女たちは黄昏のあたりに住む女神たちで、木の下で歌をうたって過ごしていた。
けれどもヘラは、歌声と花の影だけに木を任せておくことはしなかった。彼女はさらに、一匹の巨大な竜を木のそばに置いた。
その竜の名はラドンといった。ラドンは根も幹も枝も取り巻くように身をくねらせ、けっして目を閉じなかった。多くの頭を持ち、それぞれの口から違った声を出すとも伝えられている。風が園を渡ると、葉はざわざわと鳴り、そのあいだを竜の低いうなりが転がっていった。あの木へ近づこうとする者は、まずこの番人を越えなければならなかった。
ヘラクレスがすでに多くの苦しい仕事を果たしたあとも、エウリュステウスはなお彼を解放しようとしなかった。王宮に座っていた彼は、西方の聖なる園にある金の林檎の話を耳にすると、新たな命令を思いついた。
「行って、ヘスペリデスの金の林檎を持ってこい。」
言葉だけを聞けば、ただ果実をいくつか摘んでくるだけのことに思える。だがヘラクレスは、その園がどこにあるのかさえ知らなかった。知っているのは、それがはるか遠い西、夜が降りてくるあたりにあるということだけだった。そこで彼は獅子の皮をまとい、棍棒と弓矢を手に取り、ふたたびギリシアを離れた。道しるべのない長い旅が始まった。
ヘラクレスはまず北へ向かい、それから西へ進んだ。山を越え、谷を抜け、牧人に尋ね、旅人に尋ね、水辺や森に住む女神たちにも道をたずねた。多くの者が金の林檎の名だけは聞いていたが、聖なる園への道をはっきり語れる者はいなかった。
旅の途中、彼は道をふさぐ荒くれ者にも出会い、戦いを好む怪物にも出くわした。ひとりで歩くヘラクレスを見て挑みかかる者もいれば、道を尋ねられても答えず、ただ武器を振り上げる者もいた。ヘラクレスは復讐のために旅をしていたのではない。けれど、行く手をさえぎる者がいれば退くこともしなかった。棍棒で敵を打ち倒し、弓矢で猛獣を追い払いながら、彼はさらに先へ進んだ。
やがて彼は大きな川の近くにたどり着き、水辺のニンフたちに出会った。彼女たちはヘラクレスが何を探しているのかを知ると、こう教えた。
「道を知りたいのなら、海の老人ネレウスを探しなさい。あの方は隠された多くのことを知っています。でも、簡単には答えてくれません。眠っているところを捕まえて、何に姿を変えても、けっして放してはなりません。」
ヘラクレスはその言葉を胸に刻み、海辺へ行って待った。波は幾重にも砂浜へ寄せ、白い泡が引くと、濡れて光る貝殻が残った。長い時が過ぎたころ、年老いたネレウスが海から上がり、岸辺に横たわって休んだ。ヘラクレスはそっと近づき、突然飛びかかると、鉄の輪のような両腕で老人を抱え込んだ。
目を覚ましたネレウスは、すぐに姿を変えた。まず獅子となって口を開け、ほえたけった。次にぬめる蛇となり、ヘラクレスの腕の中で身をよじった。さらに水となって指のあいだから流れ落ちようとし、また火のように肌を焼こうとした。だがヘラクレスは歯を食いしばり、目の前のものが何に変わろうとも、腕をゆるめなかった。
ついにネレウスは逃れられないと悟り、老人の姿に戻った。そして息を切らしながら言った。
「もうよい、ゼウスの子よ。おまえが探す聖なる園へ行くのはたやすくない。さらに西へ進み、天を支えているアトラスを訪ねよ。金の林檎は、彼の娘たちが守る園にある。」
ヘラクレスは老人を放し、礼を述べると、また西へ向かって歩き出した。
進むほどに、道は荒れ果てていった。ヘラクレスは高い山々を越え、砂地を横切り、異国の人々の住む土地を通った。あるときは太陽が岩を白く焼き、あるときは海からの霧が遠くを覆い隠した。幾日も歩いた末、彼はついにコーカサス山の険しい崖のあたりへ来た。
そこで彼は、巨大な影が岩に鎖で縛りつけられているのを見た。冷たい風が山の裂け目を吹き抜け、鎖が岩壁に打ちつけられて耳障りな音を立てていた。その者は胸をあらわにし、長い苦しみのため顔はやつれていたが、それでも神にふさわしい威厳を失ってはいなかった。
彼こそプロメテウスだった。人間に火をもたらしたためゼウスの怒りを買い、この高山に縛られていたのである。毎日、獰猛な鷲が飛んできて彼の肝臓をついばみ、夜のあいだに傷はふたたびふさがる。そして翌日、苦痛は同じように戻ってくるのだった。
ヘラクレスが見上げると、ちょうどその鷲が高空から舞い降りてくるところだった。翼は陽光の一部をさえぎるほど大きかった。ヘラクレスはすぐに弓を取り、矢をつがえた。弦が鳴ると、矢は空を裂いて飛び、邪悪な鷲を射抜いた。鳥は悲鳴をあげて崖下へ落ち、羽は風にさらわれていった。
プロメテウスはヘラクレスを見つめ、低く、しかしはっきりした声で言った。
「おまえは長い責め苦を取り除いてくれた。私もひとつ教えよう。金の林檎を自分の手で摘みに行ってはならない。アトラスを訪ね、彼に代わって聖なる園へ入ってもらうのだ。おまえがしばらく天を支えれば、彼は林檎を取りに行ける。」
ヘラクレスはその忠告を聞き、この旅がまだ終わっていないことを知った。彼はさらに西へ進んだ。大地が果てに近づき、天そのものが遠くで低く垂れこめているように見える場所まで。
そこでヘラクレスはアトラスを見た。
その巨人は大地の果てに立っていた。両足は岩の中へ根を張ったように動かず、肩と腕で重い天を支えていた。雲は彼の首のそばを流れ、星々の道はその背にのしかかっていた。アトラスは自由に振り向くことも、その場を離れることもできなかった。ただ長い年月、そこに立ちつづけ、果てのない重みに耐えていた。
ヘラクレスは彼の前へ進み、見上げて言った。
「アトラスよ。私はヘラの聖なる園にある金の林檎を取りに来た。聞けば、その園はあなたの娘たちが守っているという。もしあなたが林檎を摘んできてくれるなら、私はそのあいだ、あなたに代わって天を支えよう。」
その言葉を聞くと、アトラスの目に久しくなかった光が宿った。彼はあまりにも長くこの場所から離れられずにいた。たとえわずかな道のりであっても、歩き出せるというだけで、罰からひと息逃れるようなものだった。アトラスはヘラクレスの申し出を受け入れた。ただし、こう忠告した。
「しっかり支えるのだ。天はただの石ではない。骨がきしむほど重いぞ。」
ヘラクレスは獅子の皮を脱ぎ、アトラスの立っていた場所へ入った。膝を曲げ、見えないのに恐ろしく重い天を両肩で受け止めた。アトラスがゆっくりと手を離すと、天の重みは一気にヘラクレスの上へ落ちてきた。
その瞬間、世界そのものが彼にのしかかったようだった。雲気は髪に触れ、星の冷たさは肩と背を貫くかのようだった。両足は地面に沈み、腕には青筋が浮いた。それでもヘラクレスは倒れなかった。
アトラスはついに自由な身で体を伸ばした。彼は身をひるがえし、ヘスペリデスの聖なる園へ大股で歩いていった。
長い時間が過ぎた。西の空は暗くなり、また明るくなった。ヘラクレスはなお同じ場所に立ち、歯を食いしばって天を支えていた。アトラスが園で、木を守る竜をどのように扱ったのか、ヘスペリデスたちがどのようにして彼を木へ近づけたのか、ヘラクレスには分からなかった。ただひとつ分かっていたのは、自分が手をゆるめれば、天が大地へ押し寄せるということだった。
やがてアトラスが戻ってきた。彼の手にはいくつかの金の林檎があった。その果実は暮れゆく光の中できらめき、夕暮れの最後の一筋まで皮の内に閉じ込めたかのようだった。
林檎を見て、ヘラクレスは胸をなでおろした。ところがアトラスは、すぐに天を受け取ろうとはしなかった。彼はそこに立ったまま、手の中の林檎の重さを確かめるようにして言った。
「私はおまえのために林檎を摘んできた。こうしよう。私が自分でこの林檎をエウリュステウスのところへ届けてやる。おまえはもうしばらく、私の代わりに天を支えていろ。」
ヘラクレスは、その言葉の裏にある考えをすぐに見抜いた。アトラスは元の罰へ戻りたくないのだ。ヘラクレスをこの場所に永遠に立たせ、自分の代わりに天を担がせるつもりだった。
ヘラクレスはすぐには怒らなかった。力ずくで争おうにも、肩の上には天がのしかかっていて身動きが取れない。そこで彼は同意したふりをして言った。
「よかろう。ただ、この重みで肩が痛む。少しのあいだ代わってくれ。獅子の皮を肩に当てておきたいのだ。そうすれば、途中で支えきれなくなることもない。」
アトラスは、それももっともだと思った。彼は金の林檎を置き、前へ出て、ふたたび天を自分の肩に受け取った。そのすきにヘラクレスは身を引き、獅子の皮を拾い、金の林檎と棍棒を手に取った。
そのときになって、アトラスは自分がだまされたことに気づいた。彼は重くその場に立ちつくし、両手で天を支えたまま、もう追いかけることはできなかった。ヘラクレスは彼を見て言った。
「おまえが長く天を支えてきたことは知っている。休みたいと思うのも当然だ。だが、これは私の受ける罰ではない。」
そう言い残し、ヘラクレスは金の林檎を携えて大地の果てを離れた。
ヘラクレスは長い道のりをたどり、ついにエウリュステウスのもとへ戻った。そして金の林檎を王に差し出した。
エウリュステウスは、西方の聖なる園から取られたその果実を見て、ヘラクレスが命令を果たしていないとは言えなかった。けれども、その林檎はもともとヘラの聖物であり、人間の世界に長く置かれるべきものではなかった。まして、王が誇るための飾りにされてよいものでもない。のちにアテナが金の林檎を取り上げ、ヘスペリデスの聖なる園へ返した。
こうして、その木は今もなお、遠い西の果てで育っているという。夕暮れが降りると、金の林檎は枝葉のあいだで光り、ヘスペリデスの歌声が園に響き、竜ラドンの物語もまた木のそばに残りつづける。そしてヘラクレスは、この困難な務めを果たしたあとも、まだ終わらぬ運命を背負って歩みつづけた。