
ギリシア神話
トロイア平原は、ギリシア神話におけるトロイア城外の開けた戦場で、トロイア戦争の主要な交戦地の一つである。城壁や城門、海辺のギリシア軍営と結びつき、戦闘、追撃、決闘、援軍の到着が描かれる場となっている。
この平原はトロイア城の外側に広がり、物語では城壁、スカイア門、海辺のギリシア軍営、黒い船団を目印に位置づけられる。古代の伝承ではトロイアはダーダネルス海峡の近くに置かれ、現代ではトルコのヒサルルクにあるトロイア遺跡と結びつけられることが多い。スカマンドロス川のほとりと海岸、そして城門へ向かう道筋が、戦争の周辺地理を形づくっている。
トロイア平原は、トロイア戦争の物語で最も頻繁に登場する城外の空間である。ギリシア人とトロイア人はここで隊列を組み、突撃し、退き、死者の遺体を奪い合い、多くの英雄の運命がここで決まった。
物語の中では、この平原はトロイア城とギリシア軍の船営のあいだにある開けた帯状の戦場として働く。城壁と城門はトロイア側の防衛線を、海辺の船隊はギリシア側の後背地と帰路を表し、その間で両軍が押し引きを繰り返すことで、戦況がもっとも見えやすい場所になっている。
トロイア平原は、土埃、戦車、馬蹄、盾、倒れた兵士と結びつけて語られることが多く、車戦や大規模な歩兵戦に向いた開けた戦場として理解されている。平原の一端はトロイアの城壁と城門に近く、もう一端は海岸に並ぶギリシア軍の船と陣営へつながる。
周辺は川と海岸にも接している。「トロイア人の勝利」では、トロイア人がもはやスカマンドロス川のほとりへ押し返されるだけでなく、ギリシア人の塹壕と陣営の壁を越えて船のそばまで進んだことが語られる。こうした描写によって、この平原は城、川、陣営の防壁、海上の船団に囲まれた連続した戦場として位置づけられる。
「トロイア平原」は、日本語ではトロイア城外の戦場一帯を指す言い方として用いられることが多く、単独の建物や都市を意味しない。関連する叙述では「トロイア城外の平原」「トロイア平原」「城の下」「平原上」といった表現が使われ、戦争の舞台であることが強調される。
トロイア戦争の伝承では、この平原は『イリアス』が描く包囲戦の中心舞台にあたる。城内にはプリアモス家、神殿、女たちの祈りがあり、城外には英雄たちの決闘、軍勢の進退、神々の介入がある。
「ヘクトールの帰城」ではこの地点が言及され、ヘクトールが城外の戦場からトロイア城へ戻り、再び城門を抜けて平原へ向かう。
「トロイア人の勝利」ではこの地点が言及され、トロイア人が城下から押し出して、ギリシア人の塹壕と陣営の壁を越え、海船のそばまで戦いを進める。
「トロイア城下のペンテシレイア」ではこの地点が言及され、アマゾン女王ペンテシレイアが女戦士を率いて城から出撃し、平原でギリシア軍に突撃したのち、アキレウスに討たれる。
「トロイアのメムノーン」ではこの地点が言及され、メムノーンが東方の援軍を率いて戦場に入り、トロイア平原でアキレウスと決闘する。
「アキレウスの武具と大アイアースの死」ではこの地点が言及され、アキレウスの死後、ギリシア人とトロイア人が城外の戦場でその遺体を奪い合う。
「ギリシア人の帰途の災厄」ではこの地点が言及され、トロイア陥落後、平原の町と海辺の船団がギリシア人の出立前の背景となる。