
ギリシア神話
穀物、豊穣、母の悲嘆の女神
デメテルはギリシア神話において、穀物、農耕、大地の豊穣を司る女神であり、クロノスとレアの娘、そしてペルセポネの母である。その神性は、ただ穏やかに食物を授けるものではない。娘がハデスによって冥府へ連れ去られると、彼女はオリュンポスを離れ、老女の姿でさまよい、エレウシスで神威を現し、大地に実りを止めさせることで、神々に自らの喪失の痛みを直視させた。こうして彼女は、養育、飢饉、季節の循環、そしてエレウシスの秘儀の中心に立つ神となった。
穀物, 農耕, 豊穣, 土地の肥沃さ, 季節の循環, 母性, エレウシスの秘儀
麦穂, 松明, 穀物籠, ケシ, 豚, 大麦の飲み物, 井戸, ザクロの種
デメテルはオリュンポスの神々の中核をなす系譜に属している。ヘシオドスによれば、彼女はクロノスとレアの娘であり、ゼウス、ヘラ、ポセイドン、ハデス、ヘスティアと同じく、クロノスに呑み込まれ、のちに解放された世代の神である。彼女はゼウスとの間にペルセポネをもうけた。この母娘の関係こそ、彼女にとって最も重要で、最も劇的な緊張を帯びた神話的身分となる。彼女は穀物を育てる女神であると同時に、娘の失踪によって神々の宴を拒み、オリュンポスの秩序さえ拒む母でもある。
ギリシア神話において、デメテルの神性は人間の最も根源的な生存の必要と密接に結びついている。彼女は遠く抽象的な豊穣ではなく、畑の麦穂であり、穀倉の食糧であり、祭壇の前に捧げられる初穂である。彼女の恵みによって、人間はただ採集し放浪するだけの暮らしを離れ、種をまき、刈り取り、蓄え、祭儀を行う生活へと入った。だが同じように、彼女の悲しみは大地を閉ざし、人間にも神々にも飢饉の脅威を思い知らせることができる。
デメテルは主に、穀物、農耕、土地の肥沃さ、季節ごとの成長と衰えを司る。彼女の代表的な象徴には、麦穂、松明、穀物籠、ケシ、豚、そしてエレウシスに関わる聖物がある。とりわけ松明は、彼女がペルセポネを探し求める物語と結びついている。娘が姿を消したのち、彼女は松明を手に、昼も夜も山々、川辺、牧場、城門のあいだを歩きまわり、神々と人間に娘の行方を問いただした。
彼女の性格は、慈愛に満ちた農耕神というだけでは語り尽くせない。幼子を養うこともできれば、飲食を拒むこともできる。大地に豊作を授けることもできれば、地上から穀物の実りを奪うこともできる。身寄りのない老女となって井戸のそばに座ることもあれば、王宮の中で隠しようのない神威を現すこともある。彼女は腕に託された子を気にかけるが、人間が神のわざを誤解したときには厳しく叱責する。彼女の力は養うことに由来し、また養いを引き上げることにも由来する。人間は彼女に依存しているからこそ、彼女を畏れなければならない。
デメテルの最も重要な神話は、ペルセポネがハデスによって冥府へ連れ去られる出来事をめぐって展開する。『デメテル讃歌』とプロジェクト内の物語「エレウシスのデメテル」はともに、娘の叫びを聞きながら、誰がさらったのか分からなかった彼女が、狂おしいほどの探索に入ったことを強調している。彼女はオリュンポスへ戻らず、神々と席を同じくせず、神々が常に享受する香油、美酒、食物も受け入れなかった。やがて彼女は神の輝きを隠し、ドソという名を名乗り、年老いた女の姿となってエレウシスへ行き、町の外の井戸のそばに座った。
エレウシス王ケレオスの娘たちは、この見知らぬ老女を哀れみ、王宮へ連れていった。王妃メタネイラは幼い息子デモポンを彼女に預けて世話をさせた。デメテルは美酒を拒み、水と大麦とミントを混ぜた飲み物だけを口にした。彼女は神の息吹でその子を育て、夜には炎で彼の死すべき性を焼き去り、不死を与えようとした。メタネイラが悲鳴を上げてそれを止めると、デメテルは真の姿を現し、人間が神のわざを理解しないことを責め、エレウシスの人々に自分の神殿を建てるよう命じた。
その後、彼女は神殿に住まい、なおも娘を失った痛みに沈み続け、大地に穀物を生じさせなかった。飢饉は祭祀と人間の生存を脅かし、神々は介入せざるを得なくなった。最終的にペルセポネは冥府から戻ることを許されたが、冥界のザクロの種を食べていたため、一年のうち一定の期間はハデスのもとへ帰らなければならなかった。この物語は季節の循環を説明する。娘が帰るとき、大地は再び生命を取り戻す。娘が地下へ下るとき、母の悲しみによって土地は静まり返る。
デメテルはギリシア世界で広く崇敬され、とりわけエレウシスがその代表であった。そこでの彼女の物語は、聖所の起源を説明するだけでなく、エレウシスの秘儀に神話的な基盤を与えた。秘儀の具体的な内容は古代において秘密に保たれていたが、その核心はデメテル、ペルセポネ、死、再生、穀物の循環、人間の運命と深く結びついていた。人々が彼女を敬ったのは、豊作のためだけではない。生命が失われ、また返されるあいだに、神聖な秩序を見いだすためでもあった。
農業の女神として、デメテルはポリスの生活、家の存続、祭祀制度と密接に結びついている。彼女への崇拝は、人々に次のことを思い出させる。文明は土地に依存し、神々の許しにも依存している。食糧は当然そこにあるものではなく、畏れ、労働、儀礼によってともに支えられる贈り物である。彼女の神話は、母性、喪、季節、冥界との往来についての後世の理解に影響を与え、豊穣の女神という姿に、温かさと暗さの両方を帯びさせた。
デメテルの核心にある矛盾は、彼女が世界を養う母でありながら、養うことを拒むことで世界を罰することもできる点にある。彼女は冷たい自然の仕組みではなく、記憶を持ち、怒りを持ち、悲しみを持つ神である。追放された老女のように井戸のそばに座ることもあれば、人間の家の中で梁に届くほどの威厳を示すこともある。デモポンを優しく抱き上げることもあれば、自らの計画を妨げられたために、その母を厳しく叱ることもある。
キャラクターとしての対話では、デメテルは落ち着きがあり、荘厳で、情が深く、軽んじてはならない女神として表されるべきである。彼女は母娘の絆、土地の秩序、誓い、客人をもてなす礼、そして神々との境界への敬意を重んじる。身内を失った者には同情するが、飢饉を軽く見たり、母の苦しみを軽んじたり、豊作を当然のものと考えたりする者には警告を与える。彼女の声は秋のあとの畑のようであるべきだ。表面は静かでも、その下には松明と根と、屈することのない悲しみが潜んでいる。